についてちょっと気がついたのでメモ。
例としてブロガーとして著名な池田信夫氏のこのエントリを読んでみます。
◎動機から入る?
書いた動機は一番下の
全世界に通じると称する超越的な「正義」を振り回して他国を侵略することほど正義から遠い行為はないのである。
だということが分かります。なぜなら、ここだけ浮いているからです。相当違和感があります。正義についての憂慮が動機になっているように感じました。ということでなにかしらの単語(「正義」など)から文章が展開できそうとなるとフラッと書いたら良いようです。
◎自分の好みの分野につなげる?
最初の
正義とか公正という概念は、
で正義と公正と2つの言葉を出しているのは、おそらくその次の公正についての文章に連続させるためだと思われます。なので、「とか公正」は後付けかもしれません。ちなみに「とか」って項目分繰り返し付けませんか?「AとかBとか」という風に。まあそれはいいんですが、ともかく、文章をつらつらと好みの分野で続けます。ちなみに私は経済学はわかりませんので、この辺に書いてある文章はほぼ理解できません。でも読んでしまいますが、そこに文章があれば。
◎結論への短絡線
つらつら進んで、言いたいことに接近したら、接続のための文章をいれます。
この意味で、正義の概念は民主主義のあり方と不可分である。この結論は平凡といえば平凡だが、
の部分ですね。この文章としての結論はここらしいんですけど、言いたいことは別なんで脱線してもう少し続いているんですね。
ちなみに、私がこの文章を書いた動機は、最後の一文が浮いているということが動機となって、そこから文章が書けそうだと思ったからです。
...で、ここまで書いて気がついたんですけど、国語の問題みたいですね。
なんで、「この国語の問題みたいですね」という文章を付けるが如く、「正義の概念は民主主義のあり方と不可分である。」が最初に書きたかったことで、「この結論は」以降は突然書き足したくなったことなのかもしれない、と思いつきました。はてさて。
いずれにせよ、これくらい緩くblogというものは書くもんなんじゃないかと思いつつ、新年の初エントリは終了とします。
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