2013年11月17日日曜日

RK語録27

def dosync(): isys.sync() isys.sync() isys.sync() と、anacondaに実装されている...
もしかして、dosync()忘れが原因か...?

sync 3回有効だった。

帰り際、sync3回派とsync2回派の論争が起きていたような気がするが...結果がどうなったのか気になる。変な会社でごめんなさい。

syncを3回する理由: http://ow.ly/wO8t
(2009.10)

RK語録26

perlが誤作動する理由が分かった。vimのせいだ......
...というのが分かるのは長年の勘...と言いたいところだが、単にstraceのログみただけです。
こういう意外な連関を解くのもディストリ屋の楽しみなんだが、近頃はそーいうところが否定されていてつまらん。 
(2009.10)

RK語録25

そんなに幼稚園の教育って重要なのかなぁ。自分がこんな境遇なのが幼稚園に起因しているとはこれっぽっちも思えないのだが......差はあるとは思うけどね。
両親のレベルより周囲の同世代の人間のレベルが極端に上だったり下だったりすると、浮きます。
田園都市線沿線とかは住むべきじゃない。常磐線沿線も...
(2009.10)

RK語録24

昔の自分の文章を読んでいると、なんつーか、なんて賢かったんだ俺は、と思ってしまう。今の俺バカ過ぎ。
■相手への思いやりがために、自分の志を忘れるな と、言うタイトルの文章がある。今の自分に言いたいことだ。

最近、他人を思いやる、という回路が働くようになったのだが、これが実に厄介だと感じている。一番厄介なのが、何が正しいのかよく分からなくなるのだ。
思いやる、ということは、相手に感情移入する面がある。と、相手にとって都合のいいこと悪いことを考えてしまう。すると、自分が今まで考えてきた正しいこと正しくないこと、というのをすっかり忘れてしまう可能性がある。凡人の僕ならなおさらである。
TPOに応じて(人格を使い分けろ)なんてことを要求する奴がいるが、そんなことを考え出したら、もう、人の何がうらやましかったのか、人生で何を達成したかったのか、なんていうことを忘れてしまう。そういう奴に限って、人生の目標は金を稼ぐことだったりするのだ。
こういう奴は自分がどんな人間として過ごそうが関係ないのだから、もしあなたが彼等の部下で、良い社員になろうとこのようなことを心がけようと思っているなら、即刻やめるべきだ。いいように使われて、結局自分がやりたかったことが少しもできないことになるかもしれない。

ちなみに、今の会社は2004年末の入社10ヶ月前に、こう評している:

財政上の問題点は見当たらない。しかしながら、大所帯であり面白いことができるわけではない。その確率は決して高くないと思う。ただし、現状技術者としての能力を磨くことについて非常な不満があって、それらが満たされるのであれば、多少のデメリットも致し方ないのではないかと考え始めている。

実際は、どうであったか。

最初の1年はカーネル技術者として修行したが、その後の1年はソフトウェアシンクライアント作っていた。デスクトップへの執着を捨てられなかった。[この後のツイート消失?]
(2009.09)

RK語録23

そこで人生でもっとも相性の悪い御仁と会ってしまった。恐らく成人して初めて椅子を蹴っ飛ばした。精神的に病んだ。
「そんなに言うこと聞かないと守ってやらないぞ」と脅されたのを今でも憶えている。 ここで辞めなかったのは、どうしてなんだろうか。
もっとも、椅子を蹴っ飛ばしたのがよっぽど珍しかったらしく、カーネル技術者として働いていたときの先生が目を丸くしていたのも憶えているが。
それからディストリビューション開発部署に拾ってもらって、今ではそこのマネージャ。なにがなにやら、馬鹿になった頭では判断できないところがたくさんある。
某LinuxベースのデスクトップOSに強烈な興味を持ったけれども、辞めてぶっとんで行くこともなく。
「私のマネージャは辞めていく」という入社時からのジンクスは、自分がマネージャになって止まったように見える。このごろ。
昔、馬鹿って言う奴はだめだ、という文章を読んだ気がするが、ここまで芯のない数年というのがあると、馬鹿馬鹿言いたくなってくる。
今度のマネージャは3等級上の本部長だから、そう簡単には辞めないだろう(笑)
痛いのが、勉強とかしようとするとストレス熱ですぐダウンしてしまうことだ。また薬の厄介にならないといけないのかなぁ。でもあれは頭の回転が下がる諸刃の剣。
きゅるるるるー、と回転が落ちる音がする。...幻聴だろうが(笑)
そおいえば前の前のマネージャは3等級上の部長だったな...(汗)
昔の俺なら行けたかもしれんが、今の俺では奇天烈な人材を愛する某社の眼鏡には適うまい。単なるスキルなら今の方が適しているが...
学習というか、楽習という言葉をどこかで見た気がするが、結構楽しいはずでも熱でダウン。泣けてくる。本当は楽しくないのかな。

RK語録22

内容を派手に見せるテクニックというのはあるし、使わなければ損であるが、しかし内容がなければ派手に見せるどころではない。そして内容は中の人の累積(物量)で決まる。ということ原則を無視する人が多すぎる。
一方で、「まじめ」に物事をやること自体に不要となるもの全てを排撃しようとする人もいる。こっちも困ってしまう。

RK語録21

なんであえてこんなLinuxなんつー売りにくいものを扱わないといけないのか?という質問をしたら、誰も答えられない気がとてもする。表面上は大人の答えをするかもしれんが、いくら俺でもそれはわかるぞと。
いや、気がする、ではなくて、前の会社まではそうだった。今は恐いのか聞いてない。

RK語録20

もう一人の法学部の友人の行方が分からない...
あの頃は3人で大学のシステムのセキュリティをつっついて...
...シス管に感謝されたものだ。

RK語録19

でもまあ、チームが協力してものを成し遂げたときに、一番うきうきするのはマネージャなのだよ、たぶん。秘密だけど。(その逆もしかり。)
平とはちがうのだよ平とは。

RK語録18

今日は残念ながら残念な日であった。
最近とみに人の使いまわしが荒いなあ。マネージャは1時間単位で切り替えるのを好むが、エンジニアはそうではない、というような記事を読んだような気がするが、もうちょっと何とかならんかねぇ。
前の会社でF1とラリーの違いと形容して、集中して作業することが重要と解いたが、社長に理解されなかった記憶がある。
一方で、脳の使いかたとして、一旦保留が良いアイデアを生む、というのも支持しているので、ずーっと同じ仕事をAllocateしっぱなし、というのも良くない気はする。
熟達レベルや、性格によって、最適解は異なるんだろうに、それをどっちかにしてしまえ、という、ぽっと出の判断が上からあるのが一番恐ろしい。
(2009.09)

RK語録17

昔から思っているのだが、
オープンソース使っているのに、ソースコードって、ごくごく一部の人しか必要ない、っていう感じで。
ソースメディアがなぜ必要なのか、という説明は定期的にやっていかないとみんな頭の中から消えてしまう。
最近はコスト削減でソースCD/DVDが消えてしまった。
問い合わせがあったら一枚づつCD/DVD-Rで焼いて送付することにしたのだが、問い合わせは0。だと思う。
というか、メーカー付きのエンジニアは見ているようだが、彼らはISOイメージで十分のようだし。
ソースの扱い使い方がWindowsとおんなじというのは発想としてつまらない。
まあ、組込み分野では大分違うわけだが。エンタープライズ分野ではどうも、プロプラソフト信仰が強くて。
99.99%のエンジニアにはソースコードは不要なので、オープンソースのライセンスは0.01%の特別な発想の人のためのもの、という気がしなくもなくもない。
本を読むよりソースコード読んだ方がいいのになぁ.....
というか、私自身は本から得たプログラミング能力はとても少ない。プログラマーの書く本はベストセラーでもみんなつまらない。
漫画どころか、ビジネス書と比べても退屈。
オープンソースのコード→リファレンス本→コードに戻る、というやりかたでしか、頭が受け付けんのです。
まあだから自分がどのくらいのレベルか万年分からないというか、明らかに才能がある人には適わないと思っているのだが、仕事はなぜか早く終わったりする。
まぁ、もともとプログラミングは嫌い、という時点で大抵のシニアソフトウェアエンジニアと相容れないところがあり(笑)
でも、プログラムを読むのは好きな方だと思う。
こんな私がIT業界で生きているのは、プログラムを読んで暮らせるオープンソースのおかげ。MSに支配された世界では窒息していた。
(2009.09)

RK語録16

GAも中途半端だったし、中国駐在員には怒られるし。
あまりにも急がしいと頭の中のアラーム信号が断線する。
むかーし、徹夜明けにライセンス違反を発見したのに、なぜかそのまま3000箱パッケージングしてしまい、3000個CDを抜いてお詫びの紙を入れたことがあるが...懲りないね。
会議の15分前まで準備不能で、しかも回線がダメダメで聞き取れず、適当に答えていたら会議後に激怒されてしまった。
15分前時点でAgendaに書かれた内容に違和感があってアラームがなったんだが、事前にネゴする気力が湧かず......
この日に決定しろ、って無理だから。と言っても聞かず......
頭の芯が痺れていると、そういう繊細なのは無理。
(2009.09)

RK語録15

結局の所、私の年功肯定、序列否定はこれに尽きる: RT @ogochan: 若者が年功序列を嫌うのはわかるんだが、お前歳食ったらどうするつもりだ? お前より若い奴も同じこと言うんだが、どう言い返すんだ?
今私のグループのメンバーは、気がついてみると、私より全員歳上だけれども、そういう人たちとどう接していけばいいのか? 序列と年功を一からげにしないということではないのか。場面が変われば簡単に位置が変わるような世界だけれども。
年功30〜40%、ポジション最適化70〜60%ぐらい?
現実はもっと年功は無視されている気がするが、私の会社だけの話かもしれんな。
なんだこの人年功序列で今のポジションじゃねーの?と思っていると、大半はその認識が正しくないのである。特に私の場合、昔の自分なら評価できなかった中間管理職級に著しくその傾向がある。
ちゃんと子細を観察して、回りの意見も聞いてから判断を下そう。
年功による全般的な蓄積を能力の一部とみるかどうか、それとも年功とは単に年齢のインクリメントを指すのかどうか、というところも争点かもしれん。
(2009.09)

RK語録14

経営層を見ていると、つくづく、彼らにも24時間しかないんだ、というのを実感する。 なんでみんなスーパーマンみたいな活躍を期待するかな。 外資系でエリートと仕事したことがある人、とその伝聞に同意する人に傾向がある。

RK語録13

それにしても、いつから小さな会社のほうが融通が効かなくなったんだろう。
今大きな会社の方が勤務形態とか融通きくなぁ。
ちゃんと社会人していて、かつ優秀な成績を残す人は、いることはいるけど、高額な報酬が必要なんだよね。
報酬で折り合えないなら、勤務態度ぐらい融通すればいいのに、どうも勤務態度という目に見える結果を見て、結果は評価できていない気がするな。
品質、コスト、納期の3すくみのようなものなんだから。
まあ、部署によっては分かっていて、ぶっちしているけど。...部署による適正差は結構あるのになあ。
というような話の、もっと現実的なやつを温泉旅行でしていた。
あいさつだって、全体の8割がやってれば、2割がやってなくてもいいじゃんと思うが。だから中国あたりの新聞に日本は完璧主義だって書かれてるんだな。
「完璧主義をやめよう」うん、これかな。多様性がなんたら、というと強硬に拒絶反応する奴がいるから。
ちなみに、うちの部署は勤務態度はいいけど、才能は並だな。自分も含めて。そして報酬(平均)もうちのエンジニア部署としては並。
それでも個体差はあって、勤務態度と才能は、同じ報酬条件下では反比例する。
後は自助努力で結果と報酬を上げていくしかないんでは。かけ声は自助努力の足しにならん場合が とても 多い。
という人もいる。
私はそう。
ただし、報酬はお金とは限らんが。なので、報酬についてもっとまじめに考えるべきかもしれん。
(2009.09)

RK語録12

今日は古いLinuxディストリ上でのmozillaのコンパイルエラーと格闘。最近のソフトウェアはコンパイルエラーしないので、こういう作業(どう判断していくのか)の引継は難しい。
メンテナンスでは当然セキュリティホールつぶしを中心としているので、コンパイルエラーするからパッチ当てないという単純な縮退では解決できない。
ソフトウェアの構造がふるいがために、どうしてもソフトウェア的につぶせない穴はあるんだけれども。例えばopensshとか。
やはりコンパイル風景を眺めると和む......
(2009.09)

RK語録11

fjが、文士の交わりの基本の勉強になったと思うんだけど。今の会社でこの匂いがあるのが、板橋な人とえんべの人だけなんで、つまらん。
後は、文士よりも単なる社会人の色が濃い。自分も含めて。
文士の特徴:外の空気をとってくる役回りの人。いわゆる社風にはおもねらないが、社のビジョンにはまじめに共感して入社してきている。社会をよくするために会社を使おうとする。社内人脈より社外人脈の方が重要である。毛色の違う言い回しを好む。
人に忠誠を誓わず、ビジョンに忠誠を誓う、それが文士である。
(2009.09)

RK語録10

同じ会社で、同じような性質や振る舞いの複数の人間に会うと、それが会社の社風かなと思ってしまう。普通そこだけ特殊ということはありえないので。
Hはわからないが、NとFは明らかに違うし、Mはもっと違う。好みはMだが、いい加減なところを愛せればであって、人によっては一番嫌いということもあるかなと思う。電電はTPOで人が変わる、じゃないと生きていけない世界なのかも。
私の回りの電電な人はいい人だけど。
(2009.09)

RK語録9

これは...という人は、大抵人間離れしていて、謂わば阿修羅である。そのような人が、「朝のあいさつ」をしないからという理由で評価が低いとか、が現実としてある。
私が初めて就職したときに、社会とは小学校のようだと思った記憶がある。だから高校から社会人になった人は比較的不幸ではないんでないかと、いつも思う。
突出した能力を求めて、修羅としての時を過ごしたことのある技術者は、規範から外れた人と一緒に仕事できることをむしろ好ましく思うこともある。しかし、「あいさつは常に心地よい」という一般の従業員にはこのような心情は理解できないかもしれない。
あいさつされたら心地よいか?疎遠な人からプレゼントを渡されてうれしいわけがないのと同じ。社交辞令を毎日毎日やらされる気持ちを理解してあげられないのだろうか。
確かに、技術力も凄くて、コミュニケーションレベルも高い人というのはいるというつぶやきを以前にしたが、そういうエンジニアの年収は1000万を超えているケースも普通。
普通の会社は1000万も払えないのだから、どっちか落ちた人にならざるをえない。
(2009.09)

RK語録8

今日は一人で墓参り。別名、私の人生の終着点の確認。
花が添えられていて、実家の両親はここ数日に来たようだった。が、墓石が汚い。ブラシがあったのでごしごし数十分こすった。
平成12年の祖母の死から、平成14年墓石が立てられるまで2年経っていることが、記録されている。
この2年は、私がLinuxを続けるために少し遠い引越しが必要になり、墓石代を転用してもらったことによる、ラグだ。
そんなわけで、私が人生を終えるまで、この墓石にはちゃんと保ってもらわないと、と思っている。私が死ぬ予測は2061年だそうだが、そんな歳まで生きないだろうけれども。
あと50年、何して生きようか、と思う。困ったね。
(2009.09)

RK語録7

マネージャがやるべきこと、の部分はおさらいになる。
• Take orders and report activities
• Simultaneously judge the status and make a decision (flexibility is an important factor)
• Play and serve project as a member
• Keep project members’ motivation high and try to self-motivate
どれもできてんのかよくわからない。やっているけど。
やってないやつなんていなくて、十分でないケースがほとんどだろうからなぁ。
私は、どっちかっつーと、ほとんどのマネージャを過保護に感じていてしょっちゅうイライラしていた。そのわりに、全体を把握しているんだかどうだか言動が不審なところがあって困った。
ほとんどのマネージャ指南書は逆の質のメンバーを前提に書かれているような気がするので、自分の過去の経験が信用ならない。
これなんて、まるで逆だしなぁ:(flexibility is an important factor)
ほとんど、事前に見積れるものの見積りが甘かったのをその場でつじつま合わせしているように見えるんだけれども。そういう見方が変なのだろうか。
もっとも、見積りようがないものを見積もれ、と言われる方が困る。
今のところ、やりすぎに注意、という感じ。
SI出身:過保護、コンサル出身:速断しすぎ、の傾向がある。いいけど。
(2009.09)

RK語録6

なーんか、armelのrpmおかしい。あまりに多くのrpmパッケージを食わせると挙動が変になる。
rpm -K でOKがでるのに読もうとするとエラー。
もっとも、経験論的にはOKがでているコードが変、というほうがありうる。rpmだし。
まあ、x86以外のLinuxシステムなんてこんなもの(ぉ)
(2009.09)

RK語録5

私が思うに、戦略を考えるのが好きな人は極めてまれだ。一方で、戦術を考えるのが好きな人は多い。この事実に気がつくのに10年かかってしまった。
どの人が描く戦略も、嫌々感がただよっているのは、そういう理由らしい。そして大抵実行されない。書いたことを見るのが嫌だから。
(2009.09)

RK語録4

賛同者とイエスマンを区別するのは本当に悩む。自分の意見が同じ方向性・近いから賛成なのか、自分の意見はなくて「その人に賛成」なのかの違いなのかなと思うのだがどうだろう。
(2009.09)

RK語録3

「思考プロセス」には、妥協は必要ないと書いてある。Win-Winの解決策は必ずある、と。Win-Winでない場合は、相手を折れさせているんだな。たぶん。
Win-Winと妥協の境界を知ることは難しいし、Win-Winは面倒だ。
(2009.09)

RK語録2

1.8.17向けのパッチが1.8.10にあたらないので、コード修正中。
うー、構造体の中身が変わっている。やれやれ、面倒なことだ。
階層ループ攻撃は防げないが、コードが古いのでどうしようもないな。
こういうのを無理に直してしまうのは、システムの互換性を損ねるのでできない。ソフトウェアによる対処の限界点は、このあたりにあると思う。
そういえば、セキュリティホール、ってどうやって直しているの?という記事を見たことないなぁ。
外国のメディアならあるんだろうか。
その手の講義をする学校があるので、そこに行けば聞けるのかな。
(2009.09)

RK語録1

ディストリビューションに何をいれて、何を外すか、というのはとても悩みどころ。RHELなんかには日本人は使わない機能がいっぱいあって、RHELを雛型に作るAsianuxでは 外しちゃえと思うんだけど、
いざ外そうとすると、「XXはないのか?」というひっじょーにマイナーな話とかがあって、引っかかる。都合、機能として入っているんだけどサポートしません、とかいう変な形態になる。
が、この間は入っているのにサポートしていないというのはいかがなものか、という意見も出てきたり。
日本人のパターンとして、今は使っていなくても、2年後ぐらいに突然「なんで入ってないの?」という話になるので、雲行きが怪しい(?)機能は削らずに残しておき、機能としてなかったことにしておくというスタンスは間違っていないと思うのだが...
(2009.08)

2013年1月5日土曜日

マーケティング修行者の精神構造


去年、ローテーションに手を挙げて、半年あまりマーケティングの仕事をしてみて思ったことをつらつらと悪文調で。

なんだかんだまともなエンジニアリング企業のエンジニアは精神的に恵まれているなと。
個人スケジュール引いてみると、エンジニア視点からみると工数を入力してみるのを馬鹿らしくてやめたほど絶望的に時間が足りなくて、これで満足な結果が出るほうがおかしいというか、何が期待される結果なのかの定義も怪しい。プロジェクトマネジメント的な視点を持つ人が少ないから、何かに追い立てられてやっているけど、連携も場当たり的で、達成感に乏しい。
これではエンジニアに馬鹿にされて当たり前。
開発プロジェクトを経験していない人にとってはこの程度が普通なのかもしれないけど、人間もうちょっと精密に成果を出していけるもんなんだけどな。

ただし、新しいものを作るときはぜんぜん違う行動規範が必要で、この2つを同じ人が担当しているのがワーカーとしての不幸というか、ただでさえ足りない工数をカニバっているのが二兎を追っている感。
一昨年、開発とサポートと両方見ていたときに気が付いたこととして、担当ごとに拠って立つ仕事のやり方というものがあるということがある。開発は、基本スケジュールが絶対でその中でどれだけいいものを作るか、あるいはどれだけ早くやるかが満足ポイントだが、サポートはスケジュールという概念がない。全体的な工数の中でどれだけ弾力的に運用できるかというストリームコントロールが求められていて、満足ポイントはお客様とのやりとりの中にある。

※ちなみに、開発は運用に弾力性を持たせると必ず失敗する。もひとつ、下らないネタとして、会社に遅刻する人はスケジュールも遅刻することを発見した。人はそれほど器用にできてないようで、この2つを精神的に切り離せる人なんてめったにいない。なので、遅刻ぐせが直らない人には、PMをやらせてみるのも一興かと(笑)

で、マーケティングがどこを背にして戦うべきかという点がばらんばらんでわからない。マーケティングというくくりが間違っているという感が強い。本来は、既存製品を耕していくという役回りの人と、新しい製品を作っていくという役回りの人ははっきり分けるべきだなと感じている。

さらに言うと、製品・サービスの戦略を組み立てる人と、その戦術を行使していく人も別であるべき。
戦略とは、何が正義で何が悪かを決めること。なにが儲かって、なにが儲からないかは二の次で、どうやって儲けるのかは全く範疇でない。つまり、恐らくスタートアップにとって戦略は不要で、モノが見えてきたときに悪い枝を切り落としたりする役回り。例えば、某社にとってエンタープライズサーバーにおける仮想化に投資することは悪である。その理屈を延々作って決めたのは私。今まであれもこれもやっていなくて不満だったのが、全部やらなくていいことになってすっきりする。これが戦略の効用。何をやればいいのか。というのも定義はするが、今のところ若い小さな会社なのでそれほど重要じゃない気がする。
ところが、私に来る注文が現場のこと(宣伝資料作成とか、製品説明同行とか)ばかりで、このギャップが非常に悩ましい。なぜなら、「手を広げる」というのは戦略家が拠って立つ精神構造に合わない。

戦略か戦術かどちらかにしたいのが希望。
内実、勉強としてはどちらもいい経験だけれども、精神構造上引っ張り合いをしていて気勢も上がらないし、PMまでやった身としては結果もハンパな醜態をさらしている。というのが今の私の外見かなと思う。

今年は...どうしようね。やっぱりもっと切り落としたいなあ。戦略で不要とされたところを。じゃないと戦略を立てた私が潰れそうだ。

P.S.
それにしても、戦略って恐ろしいよね。短期戦略のほかに、10年ぐらいの長期のものも作ってあるんだが、明らかに10年後の見通しは私の手に負えないものになっているし、今のエンジニアの半分は要らなくなっているかもしれない。むしろ技術ニュートラルな人が細々と生き残るかもしれない。それでも、人は戦略やスケジュールに仕えるものであって、上司に仕えるものでないというのが、私の仕事論ではある。人生論はまた違うけどね。